2017年12月08日

本格時代劇 白き剣(二二話)

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二二話 死の匂い


 壷郷の屋敷は決して大きなものではなかったが、武士の住まいとしての格式だけは備えていた。造られてからのほどよい歳月が木を枯れさせ、落ち着きに満ちているのだが、これほどの惨劇の後。邸内には血の匂いが濃く漂う。
  宗志郎も紅羽も黒羽も全身に返り血を浴びていて、さらに寺の側には十人の死骸。そちらは寺の側から放り込めばいいとして、壷郷の屋敷の側からは四人の死骸。家の中を引きずらないと地下へは降ろせない。その道筋に血が流れ、外戸を締め切っていては匂いを逃がせないのだが、冬の深夜に開け放っておけば不自然すぎる。邸内に吐き気をもよおすような死の匂いが満ちていた。

  床の間のある畳の大部屋に夜具をのべ、地下から救い出した三人の女たちを寝かせてやる。そのうち二人は大人の女で体には傷はなく、与える薬もなかったのだが、檻の中で倒れていた禿髪の娘については、全身に傷がひどいのと憔悴しきって命さえも危ういありさま。くノ一は薬を常に持ち歩く。素裸の娘に対して薬に長けた鷹羽がついて手当てをし、精のつく飲み薬も与えてやる。
  城務めの二人については寝かせたときに意識はあって、布団にくるまりあたたかくなったからか、気を失うように眠ってしまう。ところが檻の中にいた娘についてはぐったり気を失ったまま。体に薬を塗ってやり、飲み薬を口移しで飲ませてやってもぴくりとも動かない。顔色が死人の色。そして、歳の近い哀れな娘のそんな様子をお栗が暗く沈んで見守っている。

  家の中を見てきた鶴羽が部屋へとやってきて、呆然としている暗いお栗に言うのだった。
 「厨に米があるよ。握り飯ぐらいならできそうだ。風呂もいま沸かしてるから、すまないけどお栗はあたしと一緒に」
 「はい、あたしやります、姉様も少し休んで」
  鶴羽は相変わらず忍び装束。それは鷹羽もそうで、ここにいては着替えもない。宗志郎には男の着物があり、結い髪を下ろした男姿の紅羽黒羽にも男物の着物はある。こうなればしかたがない。くノ一二人も男姿になるしかない。明日には艶辰から着替えが届けられる。それまでの辛抱だった。

  さらに一人、母の柳を亡くした娘の葛。こちらは藤色の小袖姿。遠慮がちに部屋の隅に座っていて、けれども吹っ切れたようにさばさばした面色で、皆の動きを見守っていた。
  そんな大部屋へ、顔に浴びた返り血を手ぬぐいで落とし、血を浴びた袴を捨てた紅羽と黒羽がやってくる。袴に覆われる下はともかく、腰から上の着物にも返り血が飛び散っていたのだったが、二人ともに普段の面色に戻っていた。
  黒羽は部屋に入るなり、そのときちょうど立とうとしたお栗に微笑み、それから部屋の隅におとなしく座る葛へと目をやった。紅羽は可哀想な禿娘に寄り添ってやり、鷹羽に向かって言う。
 「助かりそうかい?」
  何とも言えないと鷹羽は首を傾げて目を伏せた。
 「薬は与えました。若い力が残っていればいいけれど」
  紅羽はうなずくと鷹羽の肩に手を置いて言う。
 「鷹も鶴も風呂にして。じきに沸くよ」
 「でも宗さんは?」
 「最後でいいって。向こうにいるよ。あたしらが看てるから行っといで。男の着物しか見当たらないけどね」
  横から鶴羽が言った。
 「厨に米があるから、お栗に握り飯でもって言ってたところ」
  部屋を出て行くお栗の背に目をやりながら紅羽が言った。
 「そうかい、あたしも手伝ってやりたいけどね、そこらじゅう血だらけだ」
  そんなやりとりを聞いていて、葛が静かに立ち上がる。
 「なら手伝う」
  紅羽も黒羽も葛を見たが、葛にもはや敵意はなかった。
  黒羽が言う。
 「母者のこと、我らは約束は守るから。死なば仏」
  葛はちょっとうなずいて部屋を出ていく。そのとき鷹羽も鶴羽も葛の思いはよくわかる。葛も風魔の血を受け継ぐ。母の邪視が哀れに思え、それだから付き従った。忍びは命じられて働くもの。好き好んでやったことではない。

  鷹羽と鶴羽は、姉様二人にその場を任せて部屋を出た。広い部屋に残ったのは紅羽黒羽に、布団に横たわる三人の女。
  しばらくして、川の字に並んで横たわる奥の一人が目を開けた。しかし紅羽も黒羽も気づかなかった。
  紅羽と黒羽が姉妹で話す。
 「これでともかく止められた」
 「ともかくはね。けどまだ終わっちゃいない」
 「許せない。女を虐げるなど許せない」
  そのときだった。
 「救われたのですね、わたくしたちは」
  紅羽黒羽が揃ってそちらへ目を向けた。
  横たわる女は顔を傾け、言うのだった。
 「わたくしは小夜と申します、大奥に務める下女、宿下がりでお城を出て襲われました。こなたは姜と申し、同じく城に務める下女」

  紅羽黒羽は顔を見合わせる。間にあった。城内で騒ぎとなればもはや抑えがきかなくなる。すんでのところで食い止められた。お栗がいてくれなければ大変なことになっていたと二人は思う。姉妹は揃って小夜のそばに座り直し、黒羽は手を取り、紅羽は頬をそっと撫でる。
  小夜は言う。
 「いかにも不覚。いきなり当て身、気づいたときには裸にされていたのです」
  紅羽が言う。
 「もういい、忘れることだよ。我らは悪を憎む者。とにかくいまは体を休めて」
 「はい、ありがとうございます、救われました」
  そして小夜はちょっと笑い、涙を溜めて、眠る目から涙が頬をつーっと伝う。

  眠ろうと目を閉じて、しかし小夜は毅然として言う。
 「武尊なる者の言葉を聞きました。あとさきよくはわかりませぬが、『弟は生真面目すぎる、このような好機はないというに武器も女も喜ばぬ』 すると壷郷なる者がこう申し『よもやのことがあってはならぬ。わかっておるとは思うが兄弟であっても油断はするな』 とまた武尊がこう申し『番頭に見張らせてありますゆえ間違いはござりませぬ。よもやのときには殺せと言ってあり』・・と」
  船問屋の船冨士だ。船冨士の真の主、つまり兄の方が武尊!
  黒羽が問うた。
 「確かなんだね? それが知れればすべてが片づく」
 「確かでございます、どうか根絶やしに」
 「うむ、わかった。すまぬな小夜さん、我らの力およばす探りきれていなかったこと。その旨確かに伝えるゆえ、くれぐれもこたびのことで己を責めることのないように」
  小夜は応えずただ泣いて、顔を横に向けるのだった。

 「ぅぅ、寒いよ、助けてぇ、もう嫌ぁ」

  かすかに呻く禿髪の娘。
  黒羽はとっさに姉と目を合わせ、さっと立って着物を脱ぐと、桜色の湯文字だけの裸となって娘の横へと滑り込む。助かってほしい。死なずに生きてほしい。
  抱きくるんで温めてやる黒羽。
 「可哀想に・・じきに仇はとってやる・・許さない・・」
  娘を抱いて背を撫で腕を撫で腿を撫で、禿髪の頭ごと顔を乳房に抱いてやる。

  その頃、厨の少し奥の風呂場では鷹羽と鶴羽が湯を浴びて、そこから少し離れた厨に、前掛けをしないお栗と葛が立っていた。
  二人には声もなく、互いに顔を見合わせない。
  化け物だった母親を打ち負かす邪視の持ち主。葛はいまだに信じられない。そしてそんな葛の胸中を察したようにお栗は言う。
 「あたしはジ様と一緒に暮らした、久鬼のジ様さ。親を殺され彷徨っていたらジ様に救われたんだ」
 「それで教えられたか」
 「違う。ジ様は教えてくれなかった。けど一緒に暮らすうち、わかるようになったんだ。江戸で柳が目を使った。ジ様は感じ、やめさせようと無理をして死んでしまった。柳のことが許せない。それでまたそのためにあたしを救ってくれた皆が苦しむ。ますますもって許せない」

  葛は黙って聞いていて、料理の手を止め、夢見るように虚空を見つめた。
 「母者が言ってたよ、この目を持つ者は思うよりも多くいる。気づかぬだけだし、気づいたところで使い方を知らんのだとね。女の一念は恐ろしいというが一念とは念の集束。あたしにはできなかったし、それで苦しみ抜いた母者を見ていて哀れでならない。あたしなんかが言うことじゃないけれど、その目、きっといいことに使っておくれね。さもないと・・」
 「言われるまでもない、わかってる。けどあたしは立つよ。いまはまだ童みたいなもんだけど、いつかきっと皆の力になりたくて」

  そしてまた料理の手を動かす葛。今度こそ何かが吹っ切れたような面色だった。
 「化け物でもあたしにとっちゃ母者なのさ。久鬼の爺様の子の子が母者、あたしはその子。母者を葬り、あたしが死ねば、化け物の血がようやく絶える」
  お栗はチラと横目で見たが、そのとき葛はほんの少し笑っていた。
 「葛だったね? あたしは十五。いくつなのさ?」
 「二十八。母者は十六であたしを産んだ。おまえを産んでやれたことだけがあたしの幸だと言ってくれた」
  お栗はうなずくでもなくただ聞いて、手元の野菜に目をやった。
  ちょうどそのとき風呂場から鷹羽と鶴羽が並んで出てくる。濡れ烏の黒い髪を横に流してまとめた姿。二人ともに男の着物を着込んでいて、それはこの屋敷に暮らした若い侍のものだった。
  くノ一二人は、葛がお栗と並んでいることに驚いたのだが、葛に殺気は感じられない。
  お栗に向かって歩み寄りかけ、そのときお栗が唐突と言う。
 「こやつは嫌いだ、卑怯者だ。死んで血を絶やすと言う。あたしは生きる。生きてこの血を絶やさない」
  己の行き先を見据えるようなお栗の強い目。鶴羽も鷹羽も呆気にとられ、いったい何を話していたのかと二人揃って葛を見つめる。

 「そんなことをお栗が?」
  と、紅羽が目を丸くする。
 「いったい何を話したことやら」
  大部屋へと戻った鶴羽と鷹羽。そのとき黒羽が布団に潜って禿髪の娘を抱いて、紅羽は小夜に寄り添い、布団の上から小夜の胸を撫でてやっている。
  禿髪の娘を抱きながら黒羽が言った。
 「武尊が知れたよ。船冨士の主が武尊。番頭はその手下で、兄に反対する弟を見張ってる」
  これで葛を生かしておく意味がなくなったと、くノ一二人は考えた。だからこそお栗の言葉が重い意味を持ってくる。
 「代わろう姉様、あたしが抱く」
  鷹羽は湯文字さえもしていない。忍び装束の下は男同様ふんどしを穿くもので。鷹羽は素裸。桜色の湯文字を巻いた半裸の黒羽と入れ替わる。
  紅羽黒羽の二人が厨の後ろを通りがかり、お栗が明るい目を向けた。
 「厨にいろいろあったから、ちゃんとしたものができそうです。葛も手伝ってくれてはかどって」
  黒羽は微笑んでうなずくと、お栗のそばで戸惑う素振りの葛に言った。
 「聞いたかい。お栗はおまえを許したんだ。武尊が知れた。もはやおまえに用はない。殺してやりたいぐらいだけどね、お栗が許すならあたしたちだってそうするしかないんだよ。償い方にはいろいろある。死んじまったら楽だからね」
  怒ったように言い捨てて、二人は風呂場へ入って行った。

 「そうだよ葛、ジ様はおまえたちを殺そうとしたわけじゃないんだよ」

  そんなお栗の声は風呂場にまで聞こえている。お栗は変わった。強くなったし大人になった。黒羽も紅羽もそれが嬉しく、互いの背中を流し合う。
  お栗と葛の二人は別に、最後に宗志郎が風呂を済ませ、その頃には外はすっかり明るくなって、つまりは朝餉。大部屋に女三人はぐっすり眠り、死の淵を彷徨った禿髪の娘も顔色がよくなった。
  厨にいろいろあったといっても握り飯と味噌汁にするぐらい。膳を置かず畳の上に盆をならべて皆で囲む。その中には葛も混じる。
 「味噌汁は葛がつくった。美味いよ」
  と、お栗は言い、それだけでもお栗の気持ちは皆に伝わる。
  宗志郎が汁の椀に口をつけ、椀を置きながら部屋を見回し言うのだった。
 「縁の下は柳の墓よ」
  その言葉に葛は宗志郎へと怪訝そうな目を向けた。
 「まあ、てなことにしてはどうかと思ったまで」
  宗志郎は葛を見据えた。
 「母者のしたことなれど、その責めはおまえにもある。突き出せば死罪。されどだよ、これだけの屋敷があれば禿遊びの哀れな娘どもも救えるし、尼寺に預けたままの娘らも多くいる」
  それは、あのときのお光の友もそうだし、天礼寺で救った三人もそうだった。寺に託したままとなっている。その上さらにこの屋敷で救った禿髪の娘もいる。

  皆は宗志郎が決めるならそれでいいと思って聞いていた。
  宗志郎は言う。
 「これだけの家屋敷があれば大勢で暮らせるだろうぜ。どうだい葛、おまえが姉様となって守ってやるならお天道様も許すだろう。この屋敷、誰が返せと言うもんか。騒げば墓穴を掘るだけよ。おい葛」
 「はい?」
  宗志郎に見据えられて葛の声は小さかった。
 「飯がすんだらお栗と二人、湯でも浴びて、お栗の背でも流してやれ」
  皆は微笑んだまま目を伏せて異論はなかった。
  お栗が明るい面色で言う。
 「おまえのために生きるんじゃない。皆のために生きて償う」
  おお! いっぱしのことを言いやがると皆は可笑しく、宗志郎もまた笑って言った。
 「ちぇっ、もはや頭も上がらんな、お栗に睨まれればおしまいだ。はっはっは」

  そう言われてもなお戸惑う素振りの葛に向かって鷹羽が言った。
 「おまえは母者のことばかりを言うけどね、久鬼のジ様は、娘の葛だけは救ってやってほしいと言った。あの子は悪くないと言い残して逝ったんだよ」
  その言葉を追いかけて、またしてもお栗が言う。
 「悪くないわけじゃないけどね。ふふふ」
  混ぜっ返すなコノ馬鹿と言うように、隣りに座る鶴羽に頭を小突かれるお栗であった。

2017年12月07日

本格時代劇 白き剣(二一話)

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二一話 生ける妖怪


  深宝寺の内廊下に隠された階段から地下へと降り、人一人が通れるほどの洞(ほら)のごとき穴ぐらを行くと、洞はひろがり、そこは四方を角石で組んだ地下の牢獄。その一方の石壁に×字(ばつじ)に組んだ白木の磔台が二脚据えられ、ふっくらふくらむ乳も美しい女が二人、両手両足を縛られて体を開かれ、磔にされている。
  女たちは一糸まとわぬ素裸。その割り開かれた体の中心に、真下から丸い棒が突き立てられて、女陰を貫かれているのである。女たちはどちらもが歳の頃なら二十代のなかばあたり。とろんと目を開けていたのだが、その目線は定まらず、半開きの唇からだらだら唾を垂らしている。
  女陰を貫く丸い棒は先は太く、つまりは張形。その軸に女陰の汁が流れるように伝っている。おそらくは媚薬が塗られる。悦楽の高みへ追いやる責め。ただ女たちはどちらもが白い体に傷はない。柳の邪視に正気を奪われ、こうやって思考を操られる。その快楽は魔物に魅入られたようなものだろう。繰り返し数日をかけて嬲られ尽くし、人としてのまともな思考を奪われていくのである。

  しかしすんでのところで間に合った。殺せと言われて若い侍が一人地下へと降り、いまにも刺し殺そうとするところ。女はどちらも生きている。宿下がりで江戸城を出た大奥の下女、小夜(さよ)と、表方の下女、姜(きょう)であったのだが、このときの紅羽黒羽にはそこまではわからない。
  地下の惨劇はそれだけではなかった。
  裸で磔にされた二人の傍らに鉄格子のはまった大きな檻が置かれていて、その中に、明らかに十四、五歳かと思われる禿髪の少女が一人、こちらも素裸で閉じ込められる。少女の白い体の全身に縄目の血筋と惨たらしい鞭の痕。下腹の毛も焼かれたように縮れていて、ぐったりとなって倒れている。虐待に虐待を重ねられ、疲れきっているようだ。

  いますぐ助けてやりたい。しかしまだ敵がいる。紅羽黒羽は磔にされた二人の女の真下に突き立つ、淫らな責め棒だけを抜いてやる。
 「あぅぅ、嫌ぁぁ!」
 「静かにしないか、我らは味方」
  張形が抜かれ、そのとき黒々と茂る下腹の飾り毛の奥底からタララと女の汁が流れ落ちた。
 「おまえたち、しっかりおしよ、じきに助けるからね」
  黒羽が言うが返事さえできない。目がとろけ唇を閉ざすこともできないようだ。
  紅羽は檻の中で倒れた禿髪の娘を見つめるが、こちらは眠っているようで身動ぎひとつしない。
  紅羽黒羽は怒りに満ちた目を見合わせ、ギラリと光る剣を手に、壷郷の屋敷の側へ向かって洞を進んだ。石組みの地下の部屋はまたすぼまって穴ぐらとなり、ほどなく行き止まり。寺と同じ隠し階段がつくられて屋敷に出られる。

  紅羽と黒羽がそうして地下へと踏み込んだ頃のこと。
  深宝寺の冠木門から外へ出て、壷郷の屋敷に駆けた宗志郎。しかし土塀につらなる腕木門は閉ざされていて、右の脇戸も内側から閉ざされる。
  塀伝いに少し走り、横に回ってみると、土塀の中ほどに勝手口の門があり、ちょうど宗志郎が表通りから横道への角に立ったとき、勝手口から踏み込む柿茶色の忍び装束の背が見えた。
  鷺羽鶴羽鷹羽だ。少しの違いで艶辰に戻り、急を聞いて駆けつけた。三人はこの場所を天礼寺で聞き出して知っている。
  しかし、いかにくノ一の脚であっても品川から本所深川、その上さらに小石川では身が持たない。宗志郎は白刃を手に駆けた。

  白土塀がそこだけ切られた勝手口。飛び込んでみると、屋敷の裏手に石を配して黒砂利を敷き詰めた枯山水の裏庭。そして土塀の際に、なぜか追い詰められたように突っ立つ鷺羽鶴羽鷹羽。鷺羽は吹き矢、鶴羽は毒鞭、そして鷹羽は両手に鉄の爪をつけ熊が獲物を狙うように両手を上げて構えてはいたのだが、三人ともに様子がおかしい。
 「宗さん、動けない!」
 「何ぃ!」
  屋敷を捨てて柳を逃がそうと勝手口を出ようとしたとき、くノ一三人が駆けつけて塀の中へと押し戻された。
  身動きできずに突っ立つくノ一三人とは少しの間を空け、屋敷の主の壷郷光義、その配下の若い武士が二人、そして女が二人。くノ一三人を相手に互いに見合っていたのだが、女の一人はほんの童で、身の丈四尺五寸(135センチ)ほど。その若い母親は中肉中背。柳はその母親の方である。
  柳の目を見てはいけない。鷺羽も鶴羽も鷹羽も承知のはず。宗志郎もまた母のほうには目を向けず、しかし禿の目を見てしまった。
  禿は童。しかし妙だ。顔を白く塗っていて唇には真っ赤な紅。そんな禿の二つの目に青い炎が揺らぐよう。

  柳は禿! しまった!

  その邪視を見てしまった宗志郎も、足が地べたに埋もれるように動けなくなっている。大きな石でも抱かされたように体が重い。渾身の力で刀を構えようとするのだが、腕がぴくりとも動かない。恐るべき妖怪の眼力。
 「動けまい。ふっふっふ、柳がいてくれれば万人力よ」
  壷郷がほくそ笑み、配下の侍二人がにやりと笑い、母親だと思ったじつは娘の葛が憎しみを込めた目で宗志郎を見つめた。
  柳という風魔の女。邪視を得たゆえなのか身の丈はのびず、娘を産んで、その娘はあたりまえに大人になった。藤色の小袖がよく似合う美しい娘。そして柳は童のごとき体のまま。童らしい赤い着物が愛らしく、しかしその二つの目の底に青い炎が揺らいでいる。
  これぞ邪視!
  宗志郎は渾身の力で声を上げた。
 「柳は禿! 禿が柳だ!」
  そのとき地下で、黒羽は女たちの女陰に突き立つ張形を抜いて、紅羽は檻の中の娘を見ていた。聞こえない!

 「もうよいわ、座興はこれまで。殺れ!」
  壷郷に命じられ、配下の若い侍が二人、抜刀した。
  宗志郎も鷺羽鶴羽鷹羽の三人も身構えようとするのだが、体の骨が錆びついてしまったように自由がきかない。若い二人が剣を振り上げ迫ってくる。

  危ない宗志郎! 危ないくノ一!

  そのときだった。勝手口からお栗が飛び込む。柳が邪視を使った。恐ろしい念を受け取ったお栗が飛び込んだ。
 「柳ぁ! 許さぬぞ、よくもジ様をーっ!」
  逃げろお栗。宗志郎は振り向いて、来るなと首を振ったのだが、お栗の怒りはすさまじい。
  そして次の一瞬。宗志郎も、くノ一三人も、あまりのことに目を見開く。
  お栗の二つの目の底に、真っ赤な炎が燃えている!
  お栗は目覚めた。己の中に潜んでいた邪視に目覚めた。

 「うむむ! おまえは何者かぁ!」
  柳は唸る、そして叫ぶ。
  柳の目の青い炎とお栗の目の赤い炎がぶつかり合った。父親代わりの久鬼を死に追いやった柳への怒り。そしてそのために艶辰の皆は苦しんでいる。
  許さない! 死ね柳! 心の底から噴き上げる怒りの炎!
  さしもの柳も気を集めねば負ける。柳対お栗。女対女の勝負。

  そしてそのとき、宗志郎ほかくノ一三人へ向けられた呪縛が解けた!

  体が動く!
  抜刀して迫り来る二人の敵。宗志郎はくノ一三人との間に立ちはだかり、柳生新陰流の鬼神の構え。鬼神の眼光!
 「死ねぃ! トォリャァーッ!」
  敵の気合い。受けて立つ宗志郎の鬼神の一声!
  キエェェーイ!
  キンキン! キィィーン!
  刃が交錯。すさまじい火花を散らして一閃する正義の剣!
  敵二人の左の一人に斬り抜き胴!
 「ぐわぁぁーっ」
  さらに体をさばいた返す刀の横斬りで右の一人のそっ首がふっ飛ばされて転がった! こちらは悲鳴を上げる間もなく、首のない仁王立ち。血しぶきを噴き上げて朽ち木となって倒れ去る。
  さらに切り返された白刃が、抜き胴に片膝をついて崩れた男の首をも吹っ飛ばす!

  その傍らで、呪縛の解けた鷺羽鶴羽鷹羽。柳は迫り来るくノ一三人にも目を向けねばならず、それではお栗の邪視にとうてい勝てない。
 「柳ぁ! おまえの相手はあたしだぁ!」
  お栗の赤い業火が、生ける妖怪、柳の青い力を焼き尽くす!
 「化け物、覚悟!」
 「ぎゃっ! ぎゃぁぁーっ!」
  横から飛んだ鷹羽の右手の毒爪が柳の右頬をざっくり切り裂き、左手の毒爪が顔を縦に切り裂いた。
  そしてそれと同時に剣を抜いて踏み込んだ鷺羽の切っ先が柳の胸を突き貫いた。妖怪は倒れた!

  残る敵は壷郷、それに柳の娘の葛。くノ一三人が取り囲み、そのとき地下から紅羽黒羽が駆けつけて、宗志郎は刀を振って血を飛ばし、鞘におさめて、呆然として突っ立っているお栗のそばへと歩み寄る。
  お栗は怖い。血しぶきを上げる首のない男などはじめて見る。
 「よくやった、よくやったぞお栗、久鬼殿の仇をとったな」
 「う、うん、あたし夢中で」
  お栗の目に妖しい光は失せていた。生ける妖怪とやりあった恐ろしい力を秘めた娘。しかしお栗はやさしい娘。宗志郎は抱いてやる。抱き締めてやり、背を撫でてやる。
 「おまえは強い、胸を張って生きろ。その目をきっといいことに使うんだぞ」
 「はい、きっと」
  お栗は宗志郎にすがりついて抱かれていた。

  母親だと思った、じつは娘の葛。くノ一三人に囲まれながら母の柳の小さな体にすがって黒い禿髪を撫でていた。
 「これで眠れる、やっと眠れる、よかったね母様」
  鷺羽鶴羽鷹羽の三人はそれぞれ武器を降ろして見守った。妖怪の力を持ったばかりに狂った女の生き様。それはくノ一の背負う宿命のようなもの。
 「あたしにはどうすることもできなかった。そばにいて守ってやりたい一心で」
  母の髪を撫でつけながら、つぶやくように言う葛。
  鶴羽が言った。
 「知ってること話してくれるね?」
  葛は涙を溜めた目を向けた。
 「見ての通り。言うことなど何もない。母はただ女どもを操るだけ」
  鷹羽が問うた。
 「どうやって操る?」
 「それも念、念ずるのみ」
 「念ずるのみ? 娘らを念で元に戻して帰し、また念を用いて狂わせるのか?」
  葛はうなずく。
 「母は化け物。従っているしかなかったのさ」
 「黒幕はそいつか?」 と鷹羽が壷郷へと目をやると、壷郷は、紅羽と黒羽に刃を突きつけられてへたり込んでしまっている。

  その壷郷。
 「さあ吐け! 武尊と、それに船冨士のこと、黒幕が誰なのか、吐け!」
  黒羽が迫るが、壷郷は黙して語らない。紀州藩士であることも、元は根来忍びであったことも。
  そうなのだ、壷郷は根来忍び!
  屈したように見せかけて油断させ、横に飛んで転がって、先に死んだ配下の侍の剣を取る。紅羽黒羽の二人が構え直して左右を固め、しかし壷郷は、手にした剣を逆さに回して腹に突き立て自刃した。
 「吉宗め・・ぐふっ」
  それだけを言い残し、壷郷は倒れた。
  そしてそんな様子を、母親の小さな骸にすがりながら葛は顔色ひとつ変えずに見つめ、言うのだった。

 「紀州藩、腰物支配が配下、それが壷郷。元は根来」
 「忍びか」 と、鷹羽が崩れ去った壷郷を見つめて吐き捨てるように言い、葛はさらに言う。
 「武器の一部は豆州は式根島。紀州領内に鍛冶どもを囲ってつくらせる。船冨士が運び、その一部は島に隠す」
 「一部とは?」
  鶴羽に問われて葛は横に首を振る。
 「ほかは知らぬよ。いずれかに運ばれて、すでに諸藩の手にあるものと思われる。刀もあるが新式鉄砲が売れると言う。欲しい藩は数多(あまた)あり、もはや追えぬ。武尊なる商人に売りさばかせて得た金は尾張へ回る」

 「尾張だと? そやつは紀州が家臣であろう?」

  お栗の肩を抱きながら宗志郎が歩み寄って問うた。葛は、母親と同じ力を持つ小娘を見つめながら言う。
 「そなたも妖怪か、ふふふ」
  宗志郎の腰にすがるお栗。葛はちょっと眉を上げ、おまえもいずれはたどる道と言いたげだった。
  葛は言う。
 「そこな壷郷は根来の裏切り者。世継ぎ争いに敗れた尾張は、吉宗めが配下に命じて本来世継ぎとなるべき家中の者を殺されたと思っていてね。壷郷は紀州に仕えながら、尾張の誰かに禿どもをあてがって取り入って、かなりな禄(ろく・報酬)を得ていたんだ。ゆえにこの屋敷も寺も持てた。元が忍びの壷郷は母者を知っていて、そのとき目を使わせて娘どもを狂わせた」
 「なるほど、それで思いついた企みだったと?」
 「そうだよ。首尾良く運べば紀州と尾張はにらみ合い、世が乱れれば武器が売れる。太平の世のせいで鍛冶どもはあがったり。刀鍛冶が包丁をつくって食いつなぐありさまなんだよ。堺の鉄砲鍛冶にいたっては衰退の一途。どちらも二つ返事で武器をこしらえ己が腕を見せたがる。よもや露見することがあったとしても、紀州領でつくられ紀州御用の船冨士が運んでいるんだ。尾張とすればどっちに転んでも吉宗を追い詰めることになる」

  葛はまた母親の禿髪を撫でてやり、それから静かに立ち上がった。
 「一つ望みがある。それまでは生かしてほしい」
  宗志郎が問うた。
 「その前に聞いておきたいことがある」
 「武尊だね?」 と葛は言い、宗志郎がうなずいた。
 「五十年配なのだろうが小柄な男でね。ときどきここへもやってくる。どこにいるかなどは知らんし、どうやってつなぎを取るのかも知らん。船冨士についてはなお知らん。顔を見たこともないのでね」
 「武尊なる男は見ればわかるな?」
 「わかる」
  そのとき横から鷹羽が問うた。
 「天礼寺の者どもとのつながりは? 禿どもを躾けていたよ」
  葛はちょっと笑って言うのだった。
 「男などくだらない。どいつもこいつもくだらない。壷郷のやり口を商いにしやがった。壷郷も船冨士も元は紀州。どうやってつながったのか、そこまでは知らないけどね。まさしく禿化けさ。買った娘を禿の姿にしておいて、方々のお大尽に売りさばく。壷郷など責め殺し、次なる禿を持てと指図をするのさ」
  宗志郎は黙って聞いて葛の願いを問い質した。葛は言う。
 「母者の骸を日光に葬ってやりたい」
 「なぜまた日光?」
 「わからぬか。我ら風魔にとって家康は敵ぞ。東照宮のそばに眠り、あの世で取り憑いてやると言っていた。徳川の世を乱せるならおもしろい。ゆえに母者は力を貸した。母者を葬り、あたしは死ぬ」
 「ならばその前に力を貸せ。武尊なる男を見極めてほしい」
 「わかった。その代わりこちらの願いも」
  宗志郎はうなずいた。

  それから紅羽とくノ一三人が地下へと降りて女たちを救う。
  そこらじゅうに散乱する死体と柳の亡骸は、女たちと入れ替えるように地下へと運んだ。
  しかし、その夜のうちに艶辰に戻るわけにはいかなかった。地下に囚われた女三人は疲れ切って動かせない。檻の中の少女は命さえ危ない。鷺羽一人を艶辰へ帰しておき、残りの皆で壷郷の屋敷へ入り込む。

2017年12月05日

本格時代劇 白き剣(二十話)

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二十話 修羅場なり


 艶辰のある本所深川から永代橋を渡って、八丁堀、日本橋、内神田、小川町と、お栗はどんどん小石川に近づいていく。お栗は十五と若く、八王子の山の暮らしで脚がよく小走りで通せるのだが、さしもの宗志郎もこれほどの距離は厳しい。何かを嗅ぎつけて犬が駆け、人がそれを追うようなもの。お栗は時折脚を止め目を閉じて両手をひろげ闇を吸うような仕草をする。邪視を使うとき、それは業火のようなものであり、念を発し続けられる時はそう長くない。しかし念を止めてもかなりの間は残り火のような、まさしく残念が漂うという。あの夜のお栗は久鬼の発するそれをたどって宗志郎の家を嗅ぎつけた。
  宗志郎も紅羽も黒羽も相変わらず半信半疑。妖怪の力というしかなかっただろう。

  それにしても小石川と言えば、御三家、水戸屋敷のあるところ。それだけに人の入り組む場所である。
  御三家のひとつ水戸徳川家は、陸奥国は水戸に水戸藩を構えていたが、その当主は江戸定府として江戸に暮らし、全国諸侯の中で唯一参勤交代を免除されていた家柄。御三家筆頭の尾張家は大納言、次なる紀州家も大納言。比べて水戸家は中納言と、三家の中では格下であったのだが、江戸定府ということでじつはもっとも将軍家に近く、尾張家紀州家ともに動向の気になるところ。ゆえにその屋敷のある小石川の周辺には息のかかった者どもを潜ませて目を光らせていたのである。
  そしてそれはそのほか諸藩にとっても同じこと。外様大名よりもむしろ徳川家により近い譜代にとって、徳川家内の力関係は無視できない。譜代や外様やと言ってみても、それは初代家康、二代秀忠、せいぜい三代家光あたりまでのことであり、八代将軍の今日まで長く太平の世が続くと、狸と狐の化かし合いの様相を呈してもいたしかたのないことだった。その間隙を縫うように外様大名が手ぐすね引いているのだから、水戸屋敷の周辺に思惑が混み合うはずなのである。

  そうしたとき探る側にとって格好の擬態となるのが寺社仏閣。とりわけ寺は、戦国の世から武将どもが己の権力の象徴として築いてきたものが多く、その流れで諸藩諸侯の息のかかった寺が江戸狭しと建立された。寺とは名ばかり。反動の士や忍びの根城となるものも多く、また武器など闇取引の温床ともなるものまでが現れる始末。それらを取り締まるために寺社奉行がつくられ、怪しい寺については幕府によって移転させられることも多かった。

  かなりな脚で駆けていたお栗が止まった。小石川と本郷との境、やや北となるあたり。小さな寺が武家屋敷に混ざって点在するそんな場所。闇も深く、町には人の気配がしない。ひたすらこちら方面へ向かうお栗に、もしや水戸様までがと考えていた宗志郎だったのだが、その場所は水戸屋敷からは遠かった。
  冬の深夜、お栗の息が白い。立ち止まって息を静め、お栗はふたたび両手をひろげて闇を吸う。
 「近い。このへんだけど」
  それからさらに北へと向いて、東、南、西と向きを変えて闇を吸う。そしてさらに少し歩き、それほど古くはない小さな寺の角で立ち止まる。
 深宝寺(じんぽうじ)。背丈ほどの白土塀で囲まれて、その門は屋根のない冠木門。三方を武家屋敷に抱かれるように存在する寺。
  お栗は言った。
 「ここだと思う。けど妙なんだ」
  宗志郎が問うた。
 「妙とは?」
 「念がぼやけて・・寺とそして・・」 と言って、またしても闇を吸う。
  そして、「そこ」と、寺の右隣に建つ武家屋敷を指差すお栗。こちらは黒瓦の屋根のある腕木門に右片脇戸。造りの小ぶりな屋敷であった。
 「寺と両方にいるっていうのかい?」
  黒羽が問うたが、お栗は黙って気を一点に集めているよう。
 「念がぼやけて光の繭のよう。けどここだ、違いはないよ」
  深宝寺そして武家屋敷の表札に『壷郷(こごう)』とある。
  しかし宗志郎にとっては知らぬ名。表札を見上げて宗志郎は黒羽に向かって知らないと首を振る。

  そしてそのとき、寺とは地下でつながる壷郷の屋敷の奥の間で夜具を並べて寝ていた二人の女のうちの一人がハッとするように目を開けた。柳である。
 「うむ?」
  ただならぬその気配で隣の布団に横たわる女も目を開ける。娘の葛。
 「どうかなさいましたか?」
 「いや、わからぬ。わからぬが、かすかな念を感じた」
 「久鬼様の?」
 「違う。爺様ならはるかに強い。ごくわずか、かすな念・・」
  そして柳は身を起こし、寝間着の上に長綿入れを羽織って立って、薄明かりを通す明かり障子の前へと歩む。
 「うむ、いる。何者かが迫り来る。どうやら念をたどられた。いかん来る!」
  ところがそのとき宗志郎らが踏み込んだのは寺の側。念を感じたという無体な理由で武家屋敷には踏み込めない。
  寺では曲者の気配を察して寝間着姿の僧どもが二人また二人と数を増し、壷郷の屋敷の側でも柳に急を告げられた武士どもが一斉に起き出した。

 「寺が襲われているようです」
 「敵は? その数は!」
 「わかりませぬが多くはないよう」
 「ううむ」 と唸り声を上げた屋敷の主。紀州藩、腰物支配の配下、壷郷光義(こごうみつよし)であった。壷郷は紀州藩の藩士であったが、それほど年配というわけでもない四十代。腰物支配の配下の中では軽輩ながらも特異な経歴を持つ男。元は根来忍びであり、この屋敷は別邸。本宅を四ッ谷に構える男であった。
  深宝寺とは地下でつながるこの別邸に裏のある者どもを囲っているというわけだ。
 「捨ておくわけにはいかぬ、行け、皆殺しとしてしまえ! よもやの時には柳を逃がせ、よいな!」
 「はっ!」
  寺を探られれば地下道は隠しおおせない。知らぬ存ぜぬでは通らない。
  壷郷の屋敷の備えは、主の光義、そして柳と葛のほか配下が七人。一方の寺には住職以下六人。多勢に無勢!

  寺へと踏み込んだ宗志郎、男姿の紅羽黒羽。お栗は塀の向こうの屋敷の陰に隠してある。
  本堂へと続く数段の踏み段を境として、木綿生成りの単衣の寝間着姿の僧ども六人と対峙する宗志郎。
  宗志郎が男どもの中央にいる住職らしき男に言う。住職といっても若い。こちらもまた四十代かと思われた。男ども六人は明らかに僧ではない隆々とした体つき。皆が長身、目つきが鋭く、六人それぞれ、剣が四人に槍が二人。
  宗志郎は言った。
 「ここに柳がおるはずだ、出せ」
 「柳と? ふふふ、知らぬな」
  宗志郎はにやりと笑う。
 「知らぬなら何ゆえ剣と槍を持つ。それこそが偽坊主の証となろうぞ」
 「さてね。ふっふっふ、そなたらは三人、しかも見受けるに女が二人。いかにも無勢! 殺れぃ!」
 「おおぅ!」
  頭の号令で男どもが外廊下から一斉に飛び降りて三人を囲み、問答無用で斬りかかり、槍の一人が黒羽を狙って身構える。

  背中合わせの陣形で剣を抜く紅羽そして黒羽。一刀流の女剣士。
  そしてついに宗志郎の腰から青鞘の白刃が抜き去られた。月光にギラつく怒りの剣!
 「覚悟せい!」
  左右から斬りかかる剣と剣。宗志郎の白刃がこともなげに振り払い、夜陰のごとく体をさばいた刹那、二人のそっ首が胴から離れて地べたに転がる。噴き上げる血しぶき。そして刹那、中腰中段、切っ先を後ろに構える柳生新陰流の構え。次なる敵の男二人を右斜め左斜めにおいて鬼神の気迫!

  黒羽には槍の一人。突き込みを剣で払うも、飛び退きざまに槍は回され、棒尻へ脚を払い、黒羽が飛ぶと、ふたたび回された槍が中段に構えられ、しかしそれよりわずかに速く、
 「おしまいだよ! 覚悟!」
  くの字に踏み込んだ黒羽の剣が槍を持つ敵の両腕を肘下から吹っ飛ばし、男が断末魔の悲鳴を上げる間もなく、返す刃が心の臓を貫いて背中へと突き抜けた。恐るべし黒羽! 一刀流の女神様!

  紅羽には剣の一人。互いに中段、にらみ合い、焦れた男が一瞬先に刀を振り上げ、突き斬りに踏み込んだ。
  ピィィーン
 横に体をさばきつつ敵の剣の横腹へ打ち込む紅羽。敵の剣が中ほどでぽっきり折れて地べたに刺さり、次の一瞬勝負は決した。
  敵の横から後ろへと回り込みながらの横振りの太刀筋!
  チェストォォーッ!
  くそ坊主の毛のない頭を吹っ飛ばし、石ころのように首が転がる。首のない胴体が血しぶきを噴き上げながら朽ち木のごとくばったり倒れる。
  恐るべき姉、紅羽の一刀流! 妹もろとも、女はやっぱり恐ろしい!

  そのとき宗志郎は二人を相手に身構える。一方は剣、また一方は槍。槍を持つ男が住職、いいや頭であった。
 「強い。その構えは柳生新陰流。名は?」
  しかし宗志郎はほくそ笑む。
 「末様」
 「何ぃ?」
 「ふっふっふ、末っ子ゆえな」
 「しゃらくさい!」
  左から斬りかかる剣を払い、右からの槍の突きを紙一重で交わした宗志郎。槍が回され、それを目くらましとするように剣を持つ一人が踏み込んだ。
  ピキィィーン
 剣と剣が交錯し、敵の剣が大きく欠けるも宗志郎の剣は無傷。そうして二人を相手としながら宗志郎は黒羽に言う。
 「ここは俺が。中を探れ」
  ところがそのとき、寺の側ではなく寺の門を回って武士ども四人が斬り込んでくるのだった。寝込みを襲われて皆が灰色の寝間着の姿。皆が若く、宗志郎の敵ではなかったが、数が多い。さらに次なる敵はいずれも武士。刀ではかなり使うと思われた。

  宗志郎には僧が二人に武士が一人、紅羽と黒羽を残る三人で取り囲む。
  まずい。ここで手間取ると柳に逃げられる。斬り込んだ四人とは別の一人が取って返して報告する。
 「敵は三人なれど尋常ならず! 強い!」
 「柳を逃がす。屋敷を捨てるぞ。それから地下の女どもも斬り捨てろ」
 「はっ、そのように!」
  そんなことは遠く離れた宗志郎には伝わらない。
  交錯する剣と剣が境内狭しと火花を散らし、敵はばたばた倒れていく。残ったのは槍を持つ住職と、武士の二人。宗志郎にたじろいで踏み込んでは退きを繰り返し、一方を深追いすると後ろから襲われる。
  その傍らで三人の武士に囲まれた紅羽黒羽だったのだが、一瞬の間隙をついて黒羽が囲みを破り、同時に紅羽が一人を倒し、黒羽は二人を相手、しかしその片方を後ろからの紅羽の剣が仕留め、そのとき同時に黒羽の剣が残る一人の首を飛ばす。
  これで三対三。宗志郎を囲む陣形が崩れ、その刹那、宗志郎の鬼神の剣が二人を倒す。残るは槍を持つ住職一人。
  宗志郎は言う。
 「二人は中へ。柳の目を見るな」
  紅羽黒羽は顔を見合わせ、互いに剣を振って血を飛ばすと、抜刀したまま踏み段を駆け上がって本堂へとなだれ込む。しかし無人!

  槍を中段に身構えて相手の喉笛へと向ける男。動きが速い。おそらく忍びをと見切った宗志郎。
 「根来か」
 「笑止! 覚悟せい!」
  キエェーイ!
  すさまじい気合い。突き突き、嵐の突き。右に左に顔を振って交わすも、左の頬をかすかにかすって一条の血筋。男は強い。にやりと笑ってふたたび身構え、突き突き、そして槍を回しながら体をさばき、棒尻で頭を狙うと見せかけて踏み込んで蹴り。宗志郎が崩れると見るや、振り上げた槍が地べたを突き!
  宗志郎は横っ飛びに転がりながら、下からの振り上げ剣で脚を狙う。
  セェェーイ!
  闇を裂く男の悲鳴。右足の膝下が消えていた。刹那立った宗志郎の袈裟斬りが男の肩口から切り裂いて勝負は決した。
  宗志郎は刀を振って血を飛ばすと、一瞬寺を見たのだったが、背を向けて門へと走り、すぐ隣の壷郷の屋敷へと回り込む。そしてそのとき、物陰に潜んだままのお栗と目が合う。
  凄い・・お栗は声も出なかった。宗志郎の全身が、顔までも、返り血を浴びて真っ赤! がたがた足の震えるお栗だった。

 「地下だ」
 「うむ!」
  寺の奥の庫裏へと通じる廊下に隠し階段。黒羽が先に続いて紅羽が降りる。しかしそこで二人は怒り狂う光景を目にしてしまう。
 「待てぃ! 許さぬ!」
  とっさに黒羽は腰の小刀を抜いて投げつけておき、投げながら小刀の軌跡を追うように駆け寄ると、
 「串刺しにしてくれる! くそ畜生めが!」
  逃げようと背を向けた若い武士の左の背から心の臓を貫いた!

  くそ畜生とは・・黒羽は美形ぞ。言葉に気をつけねばならぬだろう。

 「なんてことを・・惨い・・」
  遅れて駆け寄った紅羽がその光景を目にし、愕然として吐くようにつぶやいた。