女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

kage520
ing



新作小説『T』スタート。t520
テーマは、LGBTの『T』 
恋愛しない。性しない。
Aセクシャルを自認する沙菜に、
変身のときがくる。
二話 素顔の仮面
三話 発色する性



TIMES UP
getsumen520
もういい。TIMES UP=終わらせよう。
地球に死ねと男は告げた。

辞世の一文(序章)
2054年のジョゼット(一話)
デトレフ中佐(二話)
人間生活(三話)
忍び寄る影(四話)
LOWER居住区(五話)
ルッツの店(六話)
ボスの女(七話)
逃亡者(八話)
馬鹿げた真実(九話)
異星人(十話)
暴かれる生殖(十一話)
タイパンの女王(十二話)
逆転する言葉(十三話)
処断の重圧(十四話)
人間らしさ(十五話)
魂のさけび(十六話)
カウンセリング(十七話)
ムーンロード(十八話)
まばゆい月(十九話)
月という母星(二十話)
神の審判(二一話)
進化の謎(二二話)
生殖実験(二三話)
爽やかな堕落(二四話)
スパイ(二五話)
苦悩する四人(二六話)
ミュータント(二七話)
存続の掟(二八話)
タイムリミット(二九話)
人として死す(終話




e-1
1)時代劇を書いていて
2)サイトの整理




gei1520
白き剣

~第一部
序章  一話 二話  三話  四話  五話  六話  七話  八話

~第二部
九話  十話  十一話  十二話  十三話  十四話  十五話  十六話

~第三部
十七話  十八話 
十九話  二十話  二一話  二二話  終 話




syodana520
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官能ホラー

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過去からの愛撫
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枝折れの桜
      

読み切り短編  聴き耳


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t520
三話 発色する性

 森の中の湯ノ小屋を出て緑の蒸れるような小路を歩いていると、緩やかな傾斜の坂上にあたる白い館のほうから浴衣姿の二人の女がやってくる。
 その一人は三十代の前半あたりで、やや背が低く、もう一人はいくつか歳上かと思われたのだが、そちらは少し背が高かった。どちらもスリムなシルエット。浴衣の色柄も沙菜のそれより落ち着いていて宿の心遣いがうかがえた。
 若く見えた女のほうは栗毛に染めた長い髪を無造作にひねってまとめ、歳上の女のほうは幾分短めだったがかなり派手なアッシュカラーで、こちらも無造作にまとめてピンで上げる、くだけたスタイル。二人ともに化粧は濃いめで整った顔立ち。並んで歩く姿の印象として生活感がないというのか、沙菜のほうに先入観があったからビアン同士の逢瀬と思えてしまう。
 坂の下から歩み寄る若い沙菜と二人の眸が合い、どちらもちょっと会釈。けれど声をかけ合うこともなくすれ違い、そのときはただそれだけの接点だった。
 片方はごく普通。もしかしたら人妻でバイセクシャル?
 片方はちょっと派手。ツインベルにも慣れていそう。自由に生きていられる、ビアンそのもの。
 しかし沙菜は勝手な想像をやめてしまった。それも身辺に起こる現象のひとつに過ぎず、想像は性行為を連想させていやらしく思えたからだ。

 部屋に戻るまでに出会えたのはその二人だけ。建物の裏手にあたる温泉の側の出入り口からフロントまでには距離があり、誰にも会いたくない気もしたから意識しないよう歩いてきて、そのまま部屋へと逃げ込んだ感じ。窓から見渡す鬱蒼とした緑とせせらぎの水音だけの世界のほうが心地よかった。
 沙菜は浴衣を着たまま窓際に置かれた白いテーブルセットのスチールチェアに一度は腰を降ろしたものの、立ち上がって窓を閉め、エアコンを操作した。温泉で火照った体を冷やすほど森の冷気は鋭くない。
 マイノリティの性は常人より楽しむためのものと語ったレミの言葉が思い出された。LGBTのシンボルが色鮮やかなレインボーフラッグであることは知っていたし、世界的にも認められる性であることも理解していた。同性同士の結婚に対して嫌悪感を覚えたこともない。女装する男性、SやMについてだって嫌悪した覚えもない。しかし沙菜は割り切れない。性のスタイルがどうであろうと自分の性別を確定できていなければ楽しめないし意味がないと考えてしまうから。
 どうして私はこうなのか・・窓を閉めた静かな部屋でぼんやり森を見つめていた。

 夕食。六時になって部屋を出て、食堂に様変わりしたロビーへ出る。三連休の初日だったが夏は過ぎた。子供連れがいない。若すぎない恋人同士もしくは夫婦、女ばかりの三人連れ。男性は四人だけで、そのほかすべてが女性客。
 ロビーに立って見渡すと、先ほどのレミ、そしてルミも黒のスラックスに揃いの白い半袖ブラウス。それぞれエプロンをつけていて、レミは沙菜を見つけると厨房のカウンターからは遠い側の一席を指差して案内した。四人がけのテーブルに一人だけの食事のセット。しかしそのとき、すぐ隣の一席に先ほど外ですれ違った二人の女が座っていた。厨房に近いグループとこちらの二席の間には無人のテーブルが二つ並べられていて仕切られているムード。そのことで部屋が館のどちら側なのかが想像できた。
 沙菜が座るとレミではなくルミがスープを運んでやってくる。レミより幾分大柄で背も高く、髪の毛はレミより派手なブルーアッシュのベリーショート。顔立ちもくっきりした美人。生地の薄い夏のブラウスがベージュのブラを誇らしく透かしていた。胸はルミが大きいようだ。
 ルミは言った。ソフトな声だ。
「北原さんね? はじめましてルミです。レミからちょっと聞かされて」
 そう言って微笑むルミに沙菜はちょっと会釈を返した。
 ルミは言った。
「お夕食はだいたい八時で終わるんですけど、片付けと明日の朝の仕込みもあって一時間ほど。後でノックさせてもらいますね」
 沙菜は無言で微笑み、うなずいて、ルミはスープを置いて去っていく。

 夕食はサイコロステーキとオムレツを合わせたもの。日本的な野菜の煮付けがついてサラダとスープ。デザートにアイスクリームがついてくる。個人のペンションらしく取り合わせも和洋折衷。どれもが美味しく丁寧につくられたものばかりで沙菜はますます気に入った。サラダのキュウリが舌に滑る。包丁が切れるということ。料理の腕はプロはだし。そう思って厨房の中を覗き見てもレミとルミしかいなかった。こういうことのしっかりできる二人ならいいかげんな人じゃない。こうした客商売で白いブラウスに透けるカラーブラはマナー違反。そのへんからも信頼できると沙菜は思った。
 食べはじめて、特に周りを気にしたわけではなかったが、一人だけのテーブルは沙菜の席だけ。間を無人のテーブルで仕切られるように座っていて、すぐそばでさっきの二人がちらちら見ていた。想像のとおりならビアンな二人。自分たちより若い沙菜がたった一人というのが気になっていたようだ。なにげに顔を上げたとき、二人のうちの若いほうと眸が合って、向こうが微笑んで会釈。沙菜もちょっと微笑んだ。浴衣の色柄が明らかに若い沙菜。ツインベルはその世界で知られるペンション。性的な興味を持たれたのかもしれないと沙菜は思ったのだが、と言って心が乱されるようなこともない。

 食事は一人だけだと会話もないから早くすむ。食べ終えた沙菜は部屋へと引き上げ、着ていて苦しい浴衣を脱いでしまって、着替えに持ち込んだ、ややロングのTシャツだけを着込んで過ごす。テレビがあっても見る気がしない。この部屋の性格をあらわすような大きなベッドがちょっと気になる。レミとルミは夫婦のように暮らしている。絡み合う裸身を想像してしまうのだった。部屋の奥側には埋め込みのドレッサー。少し長いTシャツでもマイクロミニのようなもの。惜しげもなく晒される白い脚線。ちょっと身を屈めればヒップをくるむピンクのパンティ。どこから見ても私は女。なのにどうして・・と、どうどうめぐりで考えてしまうのだ。
 子供は可愛いと思うのに、そこへと至る行為に昂ぶるものがない。恋愛感情が湧いてこない。セックスなんてしなけりゃならないものかしら。相手が女でも同じこと。そんなことをして何になるの。ドレッサーの鏡に映す自分の姿をしごく平静に見ていられる自分に、沙菜は寂しさよりも怖さを感じた。人間らしい感情が欠けている。女を生きる意味がないと、これまで幾度も考えた同じ思考に支配された。アバンチュールは求めていない。でも突然襲う嵐のような性に出会えば何かが変化するかもしれない。そうあってほしいと沙菜は思った。

 ベッドに横たわる静かな時間が過ぎていって、いつの間にか外は暗くなっている。隣室からの明かりが漏れ、温泉への小路にも明かりがあるから漆黒の闇というほど暗くはない。窓のガラスが鏡になって孤独な私を映している。それがどうにも悲しくて沙菜はカーテンを閉ざしてしまう。こういうところで男の腕に絡め取られた経験がないわけではなかった。バージンじゃない。だけどそれで決定的な違和感を覚えた記憶。かすかな性感に震えても幸せだとは思えなかった。
 静かなノック。
 ハッと気づくと、そうした思考は夢の中の脈絡だったようで、沙菜はうたた寝。エアコンの冷えが心地よく、ベッドに横たわったまま知らず知らず眠っていた。起き抜けて浴衣を羽織り、ドアを開ける。今日一日の仕事を終えたルミが、夏らしいブルーのタオル地のミニワンピースを着て立っていた。張り詰めた胸のタオル地に二つの突起。ルミはノーブラ。
 沙菜は言った。
「お疲れですのに、すみません」
 ルミは眉を上げて首を傾げ、微笑んで言った。落ち着いた大人の笑み。なぜかほっとできるニュアンスを含んでいる。
「それが疲れてないんだなぁ、今夜はぜんぜんなのよ、お客様も少なくて。沙菜さん、お風呂は?」
「はい、お食事の前にすませてますけど」
「いまね、お掃除も兼ねてレミが行ってる。よければご一緒にもう一度いかがかなって? いつものことですけど私たちはこれからなのよ」

 息苦しさがまつわりついた。背筋にかすかな震え。試されてると感じた沙菜。 しかし沙菜は今回の旅をきっかけにできなければ一生チャンスはないだろうと考えていた。こんなことを打ち明けられる人は他にない。聞いてくれる人がいると思うだけで心が軽くなるはずで・・そうと決めて来た以上、せっかくの誘いは断れない。
「ルミさん、私・・」
「うん、はぁい?」
 沙菜はちょっと苦笑して、ルミを見つめる視線を外し、そして言った。
「・・お風呂場でお話しします」
「そうね、うん、行きましょう」
 ルミは微笑んでうなずいて、浴衣姿の沙菜の背をそっと押す。
 館を出ると夜の森は静か。道筋にポールが立って明かりがあり、その光芒を外れると闇は落ち込む。心地いい風。闇に潜むように沢のせせらぎがシャラシャラ流れた。空にはちぎれ雲。星空の中に星の隠れる雲の斑。
 並んで歩きながらルミは言った。
「このペンションね、私たちではじめて十年になるのよ」
「そうなんですか、十年・・」
「私にもレミにも・・ほら、私たちってビアンだったし、それなりにいろいろあって苦しくなって、以前のオーナーさんのもとで働いてたの。最初はお客さんだったんだから」
「レミさんと一緒に?」
「そうよ、もちろん。偶然ここを訪ねて、前のオーナーさんによくしてもらい、そのときちょうどオーナーの旦那さんが、まだ若いのに倒れちゃってね。奥さんだけではとてもムリだし、旦那さんのご病気は静養が必要だってことで郷里に帰られてしまってね。北海道。それで、それからここを借りてレミと二人でやって来たってわけ」
「借りてですか?」
「最初のうちはね。それはそうでしょ、そんなお金がどこにありますかってことよ。そうするうちに旦那さんが亡くなられ、残された奥さんもいまさらもう戻りたくないからって私たちに譲ってくださり、毎月いくらかずつ家賃の感覚でお支払いを」
「そうなんですか」
「恩人なのよ、お二人とも」
 そう話している間に湯ノ小屋の前にいた。先ほどとは違う側の岩風呂だったが、戸口を入ると湯溜まりはさらに浅くて広さがあり、こちらは子供連れにちょうどいい造りかと思われた。大人が入ると乳房の下ほどまでしか深さがなく、体を伸ばして浮くように入る風呂。こちらも同じように半分ほどまで屋根があり、鬱蒼とした夜の森に向かって拓かれる岩の湯溜まり。

 どちらかと言えば裸になることに臆病な沙菜だったが、このときなぜか躊躇せずに裸になれた。ルミはタオル地のワンピースの下は黒いパンティだけの姿。脱衣に立ったときすでに岩風呂にはレミが白いパンティを穿いただけの裸で立っていて、デッキブラシで岩肌を磨いていたのだった。レミもルミも三十代、背丈はほぼ同じ、乳白の美しい裸身は若々しく、いやらしさのまるでない・・何もかもがこちらの考え過ぎといった、ひどく素直なフルヌード。けれども一点、レミにもルミにも下腹の翳りが処理されて一切なかった。性器のスリットが露わ。そこだけが沙菜とは違った。
 沙菜が脱ぐのを待って、ルミは背を押してレミのいる岩風呂の洗い場へと沙菜を導く。洗い場はタイル張り。レミは穏やかに微笑みながらも沙菜のすべてを見つめていて、手にしたデッキブラシを岩に立てかけ、流れるように歩み寄った。沙菜は二人よりも少し背が低く、胸はBサイズ、濃い栗毛に染めた長い髪を後ろでまとめたポニーテール。下腹のアクセントは処理していないし夏のためにトリミングもしていない。彼と二人のシチュエーションは沙菜にとって縁がなかった。
 そんな全裸の沙菜の姿を、レミもルミも足先から視線を這わせるように見つめていた。
 性の対象として? それでもいいと沙菜は思った。
 レミも脱ぐ。乳房の隠せない浅い湯溜まりに三人で腰を降ろし、そのうちレミとルミが仰向けに寝そべって、間で沙菜が岩を背もたれにして座っている。透き通る湯に浮かぶ二人の白い裸身が眩しいほどだ。
 レミが言った。
「綺麗よね、いいカラダだわ」
 ルミが言った。
「もしかしてバージン?」
 沙菜の歳は宿帳でわかる。二十七歳の沙菜。

 沙菜は言った。
「男の人とは学生時代に何度か。いい人でしたしやさしくしてくれる彼だったので、そういうムードになったとき、あげてもいいかなって。最初はドライブに誘われて、そのままホテルで」
 ルミが言った。
「それで違和感を感じちゃった?」
「違和感て言えばそうなんでしょうけど、もともと恋愛に興味が持てなくて。高校の頃なんて女子はみんな男の子の話ばかりでしょ。早い子だと体験しちゃってるし、ついていけないって言うのか、恋愛しなくちゃダメなのって思ってて」
 レミが言った。
「女の子には?」
 沙菜はかすかに首を振った。
「それもないですね。なんとなくですけど私は女よって気持ちもあって、好きになるなら男性だって思ってて、女の子はちょっと・・。じゃあ性対象は男よねって考えたとき、それも違うなぁって感じで、そのままずるずる来ちゃってて」
 ルミが言った。
「それきりないってことよね、ベッド?」
 沙菜はちょっと苦笑した。
「ありませんでしたね。いい人だなとか尊敬できるなとか、そうは思えてもその先へ心が動きません。私が女なのは体を見ればわかること。そのうち何となく結婚して、いつかママになってくんだとは思ってましたが、恋愛できないままエッチだけして人並みに生きてくって、そんなんでいいのと思ってしまう。体は女だけど心が伴っていないと言うのか、じゃあ男と言われるとますます違う気もします。私は何者って考えたりもしましたが、Aセクシャルというものを知ってからは、私はそうだと感じてましたし、まさにクエスチョニングなんですよ。自分の性を自覚できないから恋もできない、燃えるものが持てないならエッチしたって意味がない。肉体的には健康ですから妊娠だけならできちゃうわけで」

 レミもルミもやさしい面色で沙菜を見つめて聞いていた。それだけで沙菜は癒やされる。沙菜は言った。
「若いうちはよかったんです。二十七になって母からも結婚しないのって言われだし、いよいよ身につまされる歳になると、私ってどうしてこうなんだろって思っちゃって。いつか怖いことになる気もしたし」
 ルミは言った。
「オナニーは? それさえないの?」
「それは少し・・ごくたまにですかね」
 ルミは言った。
「それで感じる?」
「それなりにとしか言えませんけど男性とのエッチよりずっといいの。でも、それにしたって性的な疼きなんかじゃなく、ムシャクシャしたときの気晴らしみたいなものだったり。恋愛できないセックスに興味なし。だったらきっと結婚生活は破綻するわ。なのに子供は好きですから、それならそれでやっていけそうな気もするんですけど・・ほんともう、私は人格破綻者なのかと思ってしまい・・」
 レミは言った。
「思い詰めると危険よ」
 沙菜はうなずく。
「いまはよくても、なんとなくずるずる行って、あるとき闇の正体に気づくんじゃないかと考えたりするんです。それで死んじゃう女の子がいたりしますし」
 レミは言った。
「トラウマになるようなことはなかったの? 子供の頃に虐待されたとか、そういう意味で?」
「ありませんでしたね。両親には感謝しかないんです。ほんと大切に育ててもらいましたし。だからよけいにこんな娘に育ってしまった自分が情けないやら怖いやら」
 ルミは言った。
「多いとは言えないでしょうけど似たような女は少なからずいると思うよ。これが恋なの? これが愛なの? 違和感を覚えつつ肉体的な女を生きて、気づいたときにはママだったみたいな人が。きっぱり決めて動きたい。あなたってそんな人よね?」

 沙菜はルミを見つめて言った。
「やっぱりそうなんでしょうか? 自分ではそれほど四角四面なつもりもないんですけど、言われてみれば女らしさを確認できなければ何をしたって意味がないと思ってしまう。私は男ではない気がする。じゃあ何よってなったとき中性としか言えないんですよ。マイノリティという意味ではLでもいいしBでもいい。マゾだとか、そういうことでもいいんです。何でもいいの。私は女なんだと自覚できれば私の色が生まれてくると思ってて」
 レミは言った。
「じゃあ、そこからスタートすれば?」
「そこからって?」
「色よ。いまの沙菜さんは白でもない透明な存在だわ。ウエディングドレスの白よりもっとピュアな存在。予約を受けたあのとき、たった独りで三泊、それも千草さんの手記からウチを知ったお客様。そう考えたとき、これは相当な覚悟を持って来る人だと感じたの。違ったかしら?」
 沙菜は即座にうなずいた。打ち明けたからには逃げたくなかった。
 沙菜は言った。
「怖くなったんです。ずっと独りよ。孤独を感じることももちろんあって、このままだといつかおかしくなってしまうって。いま泣くことになっても後で笑えるならそっちがいいって思いましたし」
 ルミはうなずきならレミに向かって眉を上げ、それから沙菜に対して言った。
「じゃあひとつ約束して。これから三日、ここにいる間は一切何も考えないって」
「わかりました、そうします」
 ルミは言った。
「じつはね、沙菜さんが来るってことでレミがある人に声をかけたの」
「私のためにですか?」
 ルミはうなずく。レミはちょっと微笑んだ。
「もともとウチの常連さんよ。明日にはお見えになりますから、まず会って、その方の意思で生きてみること。強制なんてしませんから沙菜さんが決めればいいわ。お相手は女性です。いま確か四十二歳ですから私たちより少し上かな。その方はビアンですけどM女さんでね」
「M女さん・・」
「パートナーと言うのか五十代だった女王様を病気で亡くされて、それからはS女っぽく転身された。その方って女流カメラマンなのね。後になって見返せる素敵な写真を撮ってくれるわ」

 レミとルミは、間の沙菜越しに眉を上げて微笑み合って、それから二人で沙菜を見つめる。
 後になって見返せる写真・・それがどういう意味なのか。性を見せつける写真ということなのか。沙菜は不安よりも期待した。動いてみてよかったと素直に思える。
 レミは言った。
「ビアンと言っても、そこはそれぞれ。他人をとやかく言えないから私たちのことを言いますけれど、私たちの場合は性対象が女性だったというだけで、そのほか変わったところはないんです。ビアンと言うとベチョベチョしたエッチを連想する人が多いでしょうけど、そういう意味で私たちはいたってノーマル。ルミに寄り添って穏やかに暮らしていたいと思うだけ。結婚なんて形式にもとらわれない。子供はちょっとアレですけど、女同士の夫婦というのか、生涯恋人同士と言ったほうがいいのか、ルミがいないとやりきれないって存在なのね」
 ルミが言った。
「レミがいないと生きる意味が見いだせない。ビアンだから淫乱てことじゃないんだし、相手が女なら誰でもいいってことでもない。だけど沙菜さんの場合は辛いよね。心の所在が不明でははじまらないものがあり・・」
 沙菜はこくりとうなずいて言った。
「だからって、ひどく孤独ってことでもないんですよ。少なくともいまはですけどね。恋愛する喜びがない分、それで苦しむこともない。苦しむことが怖くて踏み出せないわけでもない。体温が低すぎると言うんでしょうか、考えれば考えるほどわからなくなっていく。適齢期に結婚しなくちゃダメなのって母にも言ったりしますが、母の気持ちももちろんわかるし、ああ私はやっぱりダメな女よねって思ってしまって」
 ルミが笑った。
「若い若い。あたしらだって考えた時期はあるの、崖の上でね。沙菜さんはいま跳ぶ覚悟を決めて来た」
 沙菜はうなずく。
「はい、それはきっぱり」
 女三人、全裸で向き合っていながら、そのときは触れ合うこともなかった。鬱積したほんの一部を話せたことで沙菜は、いよいよ崖を跳ぶ覚悟ができた。

 三人揃って湯ノ小屋を出て館に戻り、沙菜の部屋の前でレミとルミは抱き合ってキスをして、レミはそのままプライベートルームへと歩み去る。
 沙菜がキイを使ってドアを開け、ルミが沙菜の背を押して二人で入り、ルミは後ろ手でドアをロック。そのままさらに沙菜の背を押し、ベッドのそばで振り向かせ、ルミはそっと沙菜を抱いた・・。

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